野田文七のブログ

東方Projectの小説書いてます。劇団文七団長。
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明日木曜日の冬コミ参加します

明日木曜日29日、東メ17-bにて劇団文七「バケモノの槍」「不悪口禁(ふぁっきん)」の新刊二種類です。

こゆびさん漫画、野田文七ストーリー、という久々のパターン。

どちらも32ページ500円。

他に、こゆびさんの日々の足跡を記した、ラッコ堂「今日は何曜日?」の総集編や、劇団文七の既刊も置いています。

スペースには野田文七、こゆびさん、お寿司さんの三人のうち誰かはいるはずなので御用の向きはお尋ねください。

気づいたら雨山電信さんが将棋指しているかも。

カプセルホテル四連打、取材も兼ねて東京の風景をなるべく多く記憶しておきたいところ。

| - | 07:19 | comments(0) | - |
現状報告と冬コミについて
最近、投稿ばっかしてます。
群像新人文学賞(10/31締切)、角川春樹小説賞(11/25締切)、太宰治賞(12/10締切)にそれぞれ投稿しました。
今書いている小説は、当初すばる文学賞(2017/3/31締切)に投稿しようと思っていましたが、ここは原稿用紙換算300枚(ざっと10万字)まで。今書いている小説はたぶん400〜450枚程度になりそうなので、他を当たろうと思っています。小説現代長編新人賞(2017/1/31締切)が500枚までなので、こちらにしようかなと。ただ、ちょっと締切が早いですよね。あまり粗製乱造してもいけないので、きちんと納得した上で投稿したいものですが、ただ、どんどん書いて投稿したいのも確か。
あと、日本ファンタジーノベル大賞(2017/6/30締切)とメフィスト賞(いつでも締切)ですね。そのあとどうするかってのは、まだ考えていません。今構想している作品を全部出し切っても、そこまでです。つまり現時点で、書いているものも含めて、三つ。
今は、新鮮さと懐旧の念が入り混じった妙な気持ちで小説を書いています。そうそう、昔こうだった、と懐かしむと同時に、以前には決して辿ることのなかったであろう思考の枠から、文章が生まれていく。基本的に変わってはいないんだけれど、血が、新しいものに変わっていたことを知る、そういう新鮮さです。
たとえていうなら、ドラゴンボールでリストバンドや靴をドサ、ドサ、ズン、と外している時のような心境でしょうか。
そして冬コミですが、二種類出します。漫画です。
 嵒坩口禁(ファッキン)」 B5サイズ32ページ500円
◆屮丱吋皀里料筺廖     B5サイズ32ページ500円
,狼歓誉擬戮叛鰻勇儀のコミュニケーションを描きます。元は「たなごころ幻想郷」の一挿話ですね。こゆびさんらしい改良が随所に見られる逸品となっております。まず元がいいしね。
△魯▲鵐澄璽董璽覿指の人気キャラ(だいたい全員が人気キャラな気もしますが)アンダイン視点による、主人公との戦闘を描きます。なぜしばしば主人公は一貫しない、時として支離滅裂な行動を取るのか? この複雑怪奇なゲームには様々な解釈の余地がありますが、その一つということで。
こゆびさんの激しい戦闘描写、豊かな情感描写が光る、原作ファン必見の佳作に仕上がっています。アンダーテールってたまに聞くけどなんかプレイめんどくさそうと思っている人もこの漫画から入るといいんではないでしょうかね!?
あれ、小説は?
と言いますと、出さないことにしました。
当初「明治三十二年のシャンバラボーイ」を予定していましたが、僕の興味関心が投稿作品の方に移ってしまい、過去の歴史シリーズである、ノブレス、メトロ、ヨルムン、アルテの水準にはとてもとても達しそうになかったので断念しました。
次に「さよなら幻想郷」という中編小説を構想していたのですが、これも同じく、現在執筆中の作品にすでに僕の関心が向き切っていることを改めて再確認した次第で、一応3万字で仕上げたものの、ほとんど作品のていを成していなかったので、これまた断念。
雨山電信さんとお寿司さんのイラスト自体はすでにできあがっているので、投稿ラッシュがいったん区切りつくであろう来年の夏コミに加筆して出そうかなあといったところです。
なお、さとうとしおさんのところに寄稿した秘封鉢合わせ小説が、ちょうど今冬コミに発表です。
書いたの自体は結構前とはいえ、一応現時点ではラストとなります。
書いた時系列でいえばぱぴ子さんとの「トロイメライ」がラストになるかな。
牛虎さんとの対談本はちょくちょく続けていきたいんですがね。
小説を出さないのなら、劇団文七としての活動はどうするのか?
これはもうハッキリ言ってこゆびさんの頑張りにかかっています。
今後はビッグサイトに限り、参加の可能性がある、程度に思ってもらえれば。
12/4、大分でも即売会があって、カタログには僕の名前も載っちゃってますが、こちらも不参加です。
コミカライズのネタだけなら、あと3000ページは余裕であるんですがね。
みんなでこゆびさんを応援しよう!
これからはそう頻繁に東京に行くことももなくなるでしょうから、たまには観光らしく東京を見て回りたいので、今回は作品取材がてら千代田区近辺で複数のカプセルホテルに泊まり、場所を変えていこうと思います。
ある程度ネット環境、特にSNSは遮断しておいた方が諸々の作業が効率的だということをこの一ヶ月半ほどで再確認しましたが(まあスカイプは毎週やってますが)、かといって、これはこゆびさんにも進言されましたが、まったくSNSに露出しないのはいかがなものか。人間は忘れる生き物ですしね。宣伝の時だけいきなり浮上してきても、なかなか思い出しづらいでしょうし。
ほどよい塩梅でやっていこうと思います。
| - | 20:25 | comments(0) | - |
春日傘(雅趣雅俗) 著「不可能な境界Rewrite供〕色の華」

著者の苦心の跡が随所に見受けられますが、第一巻に比べて統一感を欠いています。

シンプルな対話劇を基調とした第一巻に比べると、第二巻の方がストーリーに動きがあり、登場人物も多く、それぞれの目的や性格なども絡み合い、話の流れが複雑になってきます。

そのため、どうしても地の文に頼る場面が多くなってきます。

こうなると、第一巻では長所であった、全体の話の流れをぶった切る饒舌を多用するスタイルによってもたらされる素朴さが、悪い方向へ作用してしまいます。

 

一度地の文で説明したことを、登場人物たちがもう一度説明して、役割がかぶってしまう。

通常であれば動きのあるシーンとして描写されるべき(その方が逆に字数を要せずラクと思われる)はずの事件が、地の文や長い会話であっさり片付けられてしまう。

本来手を抜いていいような蘊蓄に力を注ぎ、力を注ぐべきキャラクターの会話シーンをなあなあにしてしまうなど、リソース配分の不均衡。

また、ヴェルサイユ、ベルサイユ、一七十三年、一七一五年、などの表記揺れは、おそらくは再読してチェックする余裕がなかったためでしょう。

細かい点を挙げれば切りがありませんが、つまり練度不足です。

 

手ブレするホームビデオカメラだけで大作ファンタジー映画を撮影するようなもので、たとえ舞台背景や設定が相当に練り込まれていたとしても、手ブレした画面からは、そもそも情報を読み取るのが困難です。

 

実のところ、著者の先日のブログ、シンゴジラについて語った記事は、非常に楽しく読みました。僕も最近見たばかりでまだ興奮した記憶が新しく、また、あの映画で感じたものがかなり似通っていたこともあり、一気に読みました。

藍色の華では、そういう一気に読む感覚がほとんどありませんでした。

考えてみれば、僕は幕末ほどにはフランス革命期を知りません。

それが、第一巻より第二巻の方が統一感に欠けた、という風に僕の目から見えた可能性も確かにあります。

ただ、自分にかかったバイアスを気にして何も言わないのもそれはそれでよくないです。

 

そういうわけで、文体に対しては個人的にかなり気にはなったものの、着実に宇宙観の開陳は進められており、全体として見れば物語は順調に進んでいます。 八意永琳の示した真相に、八雲紫がどう抗うのか、最終章を待つことと致します。

| - | 20:31 | comments(0) | - |
泥船遺跡(RF氏著)「日本神話で分かる東方Project」

〜言い過ぎかもしれませんが私は、「東方は古事記の二次創作」くらいに思っています〜

(本文より)

 

冒頭の「はじめに」ですでに著者の言わんとしていることは明白です。
古事記の中で、特に東方の要素が強いエピソードを選択し、わかりやすく解説しています。
僕も、執筆参考のため古事記については何冊か本を読み、なんとなくの大まかなイメージは把握していますが、これほど巧く他人に説明することはできません。
読んでいて引っかかったり、思わず突っ込みたくなるようなエピソードには、ほぼ漏れなくきっちり現代の感性でツッコミを入れています。
無駄口を叩かず、あっさりとして、かつ機知に富んだツッコミです。
だからといって古代の価値観を馬鹿にするわけでもなく、でも今とは全然違うよね、という極めて冷静なスタンスです。
著者は恐ろしく頭がキレる人ですね、たぶん。
表題にもある通り、東方を神棚に祀り上げるのではなく、神話時代から連綿と続く物語の系譜に位置付けている、その著者の見識に、僕は非常に共感します。
我々現代人は、ともすれば、著作権という、本来は飯の種を確保するという非常に切実でシビアな必要性から生まれ出た便宜的な概念を、何か生来のものであると勘違いしてしまい、ついついオリジナルというものを、何か大層なものとして崇め奉ってしまう悪癖があります。
「私の書くものはオリジナルです」なんて恥ずかしいことを、つい平気で言っちゃうんですね。
便宜的に、マーケットの分類的に、オリジナルという概念を使うことは構いません。
ただ、それと、創作とは自分の中にあるオリジナルなものを表現する崇高な行為だ、というオリジナル至上主義を奉ずることは、また別のことだと思います。
人間とは一人一人が個人として生きているだけで価値がある、という優しい嘘は、社会を円滑に回していくために役に立っているとは僕も思いますが、それがなんだか変な風に、個人のかけがえのないオリジナルなものにはすべからく価値がある、という屈折した信仰に行きついちゃったんでしょうね。
あえて極端なこと言いますが、すべてのベースを否定してオリジナルにこだわるのなら、パンツ一枚はけないし、そもそも日本語を使えないんですけどね。物語においてもっとも大事な、感情の揺れや、人間の真情すら、書けません。
古事記にしろ、東方にしろ、それのみで独立しているのではなく、過去から脈々と伝えられてきた物語が、水面上にぽっかりと泡として浮き出るような、そういった現象だと思います。
もちろん、稀有な泡であることは今更言うまでもありませんが。
ちょっと話がずれましたが、この本を言及する上で決して外せないのが、その見やすさです。
これまで見てきた東方同人誌の中で、ぶっちぎりで一番見やすいです。
とはいっても、僕もそれほど多くの東方同人誌を見てきたわけではありませんし、そもそも一度見たものを忘れている可能性もあるので、あまり頼れる記憶ではないかもしれませんが。
とにかく、見やすい、読みやすい、わかりやすい、簡潔、と隙が見当たりません。
いったいどれほど文字組みにリソースを注いだのだろうか、と感じ入ります。
これほどまでに見た目が整理されていると、読んでいるこちらの頭の中までなんとなく整理されていくような気になります。
石長姫が今、妖怪の山で何を思っているのか、ということ。
そして、八雲紫と大国主の類似性について。
この二つは、今後の執筆に役立ちそうなので、その点からも大変ためになった本でした。
| - | 20:08 | comments(3) | - |
雅趣雅俗(春日傘氏著)「不可能な境界Rewrite 機彜響
人が思考しているその内容は、基本的には目で見てわかるようなものではありません。
この本は、その思考という目に見えないものを、可能な限り活字に写し取ろうとしています。
だから、辞書的な情報の羅列とは一風違った書き方になります。
辞書的でないということは、一覧性を欠き、読むと所々でつっかえ、寄り道や雑談が多いということであり、それがこの本の持つ魅力に直結しています。この本は、思考を追いかけるという性質上、上記の一般的には欠点と目されるものを含み込むことで、むしろリアリティを増しています。
勝海舟、斉藤一、徳川慶喜というそれぞれの立ち位置から、断片的な情報を語らせることで、主人公宇佐見は核心に近づいていきます。
核心がわかっているなら始めから書けばいいではないか、ともなりそうですが、ただ核心を書くだけでは、意味をなしません。
基本的に、小説とは無力な文字の印刷物に過ぎず、そこに魂があるかのように錯覚するのは、人間の作為です。
嘘の羅列に過ぎないものになぜ魂が宿ったかのように錯覚するかというと、文字の中で読者が感情や思考を振り回されるからなんですね。そうして振り回されると、ただのインクの染みが、時にその人に強烈な影響を及ぼすことがあります。
この本でいえば、八雲紫の意図はこれこれこういうものですよ、と書くだけでは、誰も何も響きません。
命を与えられたキャラクターがそれぞれに懊悩しているからこそ、紫の意図がそれだけ凄みを増してきます。
何を当たり前のことをくだくだと、と言われるかもしれませんが、こうして文章で改めて考える機会自体を、この本によって与えられました。
あらすじは、八雲紫が日本の歴史、さらにはどうやら宇宙の仕組みにまで介入している……ごくシンプルにいうとそういうことです。
そんな凄い奴ならいちいち人間に関わったりしないだろうが、というツッコミを、いやそうではないのだ、と。なぜ彼女が人間を必要としているのか、という問いに、作中で立ち向かい続けます。
人間と妖怪の関係、地球と月の関係、そもそも幻想郷とは何を指すのか、といったテーマを並べ、類推し、妖怪とは何か、突き詰めます。
一応作中で「何故、私は今此処に存在しているのかという問は全く非生産的で無意味ではありますが、そういう無駄の積み重ねから私のような妖怪が生まれました」と、かなり早い段階であっさり真相が話されてはいるのですが、当然これだけではなんのこっちゃわかりません。たぶん書いた本人もこれだけではわからなかったはずで、だからこそ長い物語を編む必要があったのでしょう。
登場人物たちは、少しでも自分が理解したものを的確に主人公宇佐見に教えようとし、だからこそ迂回、蛇足、誇張、激昂を次々としていき、まったく要領を得た会話になっていません。そもそもこんな長々と会話することは普通は不可能です。にもかかわらず、このありえないほど長い会話によって、この本のリアリティは保たれています。
これが、単に調べた事実を延々とコピペするだけでは、仮に同じ情報内容だったとしても、まったくリアリティは感じなかったでしょう。
終わりに、話そのものというよりは文章技法として気になった点を。
この第一巻は、勝海舟の「氷川清話」がベースになっています。(違ってたら失礼)
だいたい現代日本の著名な文筆家に、ランキング付けする無粋さを承知の上で、などと前置きして日本近代文学のアンケートを取ると、これと「福翁自伝」のどちらかが、あるいはどちらともが、高確率でランクインします。
それだけ、話題も、話芸も、卓越しているんですね。これを筆記して後世に残した人たちも偉いとは思いますが。旧仮名遣いなんかをちょっと調整したら現代人でもストレスなく読めるって、つくづくたいしたものだと感心します。
だから作中でも、勝海舟の長台詞は躍動感がありほとんど違和感がないのですが、さすがに斉藤一と徳川慶喜は厳しいですね。
三者三様になるよう、口調や語尾をかなり変えてはいるのですが、そもそものベースが、維新を生き抜いた人間の自分語りとなっている以上、どうしたって「氷川清話」の影響を受けざるを得ません。
斉藤や徳川が、勝のように饒舌になる場面を想像することは困難です。
かといって彼ら二人のパートだけ急に回想モードにして地の文で説明する手法も取りづらいです。
なぜなら、様々な人間の主観交じりの語りを主人公宇佐見が聞き取っていくという形式を外してしまうと、得体の知れない巨大な謎に右往左往する人間たち、というこの本の重要なテーマ性が薄れてしまうからです。合間合間で、八雲紫が人間の常識ではありえないやり方で語りに介入してくる面白味のある場面も、使えなくなってしまいますしね。
となると、斉藤と徳川の語り口の若干のぎこちなさは許容せざるを得ません。
お前ならどうするんだ、と言われても、容易には答えが見つからないからです。
東方を通じて、人の一生や歴史について考えることができる、お勧めの本です。
このあと第二巻「藍色の華」に物語は続いていくようです。この第一巻で、大量の謎はあるにしても、ひとまず話としては完結しているようにも見えます。さて第二巻ではどうなるのでしょうか。
| - | 22:23 | comments(0) | - |
イベント間期

週末に今度は東京の即売会に行くので、気分的に何やら慌ただしい日々です。

連続して週末空けるから、ある程度家のことも平日にやっておく必要がありますし。

 

で、3000字の執筆ノルマは今日もどうかこうかこなしましたが、やはり集中し切れていませんね。

「このシーンいるのか?」みたいなこと考えながらとりあえずノルマの文字数は行かせた、という程度。

書きたいシーンを先に飛ばし飛ばし書いていくという方法も悪くはないのですが、ほんとうに大事なシーンというのは、そのシーンとシーンのつなぎとしか考えていなかった事柄について書いたものだったりします。だったり、ってだけ。

つまり、大事なのはつながりなんですよね。つながりがきちんと行くと、読んでいてとても気持ちのいいものになります。

そのためにはある程度頭をリフレッシュした状態にしておかねばならず、慌ただしさに呑まれると、リフレッシュが難しくなります。

 

このシーンはどういう有用性があるのか? また、このシーンはこれ自体としてどう面白いのか?

この二つを常に意識しておくようにしたいものです。

| - | 21:37 | comments(0) | - |
紅楼夢を終えて

B'zは「計画通りに事が運ぶほど甘くない」と歌います。稲葉さんはなんでもよくご存じだ。

シン・ゴジラでは何かあるたび「想定外だ!」と叫ぶエラい人が登場していました。のちにビームで焼かれたかもしれない彼の気持ちは、僕にもよくわかります。

 

では計画を立てるのは無意味なのでしょうか?

結果として無意味になる計画というのは、実際に存在します。

しかし、それでもなお計画を立て続けねば、未来へ向かう意志自体が死んでしまいます。

計画とは羽ばたきのようなもので、それで上昇するかどうかはわからないけれど、羽ばたきをやめれば飛ぶことそのものをやめてしまう、ことになります。

 

 

以前、「メリーの悪夢」を韓国語訳してくれたクロリンさんと、今回紅楼夢で初めて対面しました。

きちんとお礼も言いたかったので、とりあえず15時にまた来てくれといい、そのままスペースを回していました。

実際に15時になってクロリンさんが来たときも、まだ僕は後片付けがもたついて、宅配の箱もずいぶん溜まってしまいました。

途中で顔を出してくれたカキヤさんやすずし君を引き留めて箱持ちを任せていればよかったと悔やみましたが後の祭り。

仕方がないので、クロリンさんに箱を半分ほど持ってもらい、宅配の列に一緒に並んでなんとか間に合いました。

6号館を出たところで、ドーナツなど軽食を屋台で売っていたので、それを買って近くの簡易テラスで雑談。

「クロリンさん、東方はいつから? 僕の『メリーの悪夢』が11年だから、それより前からかな」

「私が『メリーの悪夢』を読んで翻訳したのは13年ですね。でも翻訳自体は11年頃から始めていましたよ。それまでも、日本のアニメやゲームを翻訳で楽しんでいたんですが、あるとき、好きな日本の歌が、まだ韓国語に翻訳されていなかったんですよね、ネットのどこにも。だから自分でやってしまえと。そうして頑張って勉強しました。」

うーん、愛だ。

その歌が、東方アレンジなのか、別のアニソンなのかは聞きそびれたが、翻訳対象はおおかたが東方だそうな。

「日本の東方イベントにけっこう参加してるんですか?」

「二年前の、大阪の旧作オンリーげんましん以来、二度目ですね」

「やっぱりなかなか海外まで頻繁に参加するのは難しいですもんね」

「それもありますが、最近まで軍にいたので」

「あ、徴兵か……!」

言われてみれば、一見日本のオタクとあまり変わらぬ風貌のクロリンさんだが、全体的に横幅が広い。

「だいぶ鍛えられたんですね……名古屋に知り合いの三十代韓国人がいるんですが、彼は昔、徴兵先でひどい目にあったそうです」

「そういう問題もあったせいか、最近はそれほどまででもないです。もちろん、キツイことはキツイですが。私も学友とルームシェアしていましたが、軍に行くのでルームは解約しました」

「学業とか仕事が、途中で強制的に中断されるの大変ですよね。友人が韓国の木浦大学で教えているんですが、学生が急に兵隊にとられることに、始めはカルチャーショックを受けたんだそうです。確かに、日本じゃ考えられない」

「こちらではもうそれが当たり前という感覚ですけどね」

「批判は起こったりしないんですかね。軍はもちろん必要でしょうけど、専門職に任せた方がいいんじゃないかなぁ……」

クロリンさんは無言で微笑。

「そういえば、数か月前に韓国で大規模な選挙があったでしょう。友人が、それに巻き込まれて日本人だと気づかれずに握手攻勢に遭いまくったそうです」

「センキョ?」

「あ……ええと……政治家を……アレです、投票です」

「ああ、投票ですね。ええ、かなり大騒ぎでした」

僕は、一人の二十代韓国人男性の政治的意見に興味が湧いて、少し水を向けてみた。

「やっぱり、そういう話は、ネットでたくさんしたりしますか? みんなけっこう熱くなるでしょう」

「うーん……韓国では、こういう格言があります。ポリティカルな話と、コレ……」

そう言って、両手を合わせてみせる。

「ああっ、宗教……ええと、レリジョン」

「そう、ポリティカルとレリジョンの話は、たとえ家族同士でもするべきではない、と」

「なるほど……争いになりますもんね」

「そう、家族同士でも。私はネットは東方一直線、趣味ばかりに使います」

僕はもう少し粘ってみることにした。

「でも、新聞なんか読んでいると、時々気になりませんか。こういうとき、外国の人はどういう風に考えているんだろうなぁ〜っ、とか」

またも、微笑。

これ以上聞けば、非礼になる。僕は手を引くことにした。

……とか言いつつ、ちょっとズルいけど別口から行ってみた。

「台湾では蔡英文総統がオタクイベントに顔を出したみたいですけど、朴槿恵大統領はそういうところに来そうですか?」

すると、苦笑した。

「さあ……一生ないんじゃないでしょうか」

「あの大統領、ゲームや漫画などけしからん! っていう保守的な人たちから人気ありそうですもんね」

「ええ、まあ」

また、苦笑。とはいえこれ以上ポリティカルな話題を蒸し返すのも失礼かと思い、今度こそやめにした。

「名古屋の韓国知人によると、ナルトを見るだけでも家族に対して恥ずかしい思いがあるそうですね」

「ええ。だんだんそうではなくなってきましたけど、日本よりは遥かにオタクへの目線は厳しいです。私たちオタクは『一般人コス』を普段はして、社会では生きています。それでも最近、オタクカフェや、メロンブックス的なお店も増えてきましたし、アニメ映画もシアターで上映されるようになりました」

「ドラえもんとか?」

「いえ、ラブライブとか」

「ラブライブが韓国で!? それは知らなかった」

「君の名は。ももうすぐ上映されるでしょうね」

「は〜っ、進んでいってますね」

「私にとっては、オタクが表に出るようになって、いい流れです。境界線も曖昧になって、一般人でもナルトやワンピースを見るようになってきました」

「日本と同じ道ですね。最近はよく、日本の古いオタクが『最近のオタクは明るくなってきていかん。昔はもっと暗いところで一所懸命オタクをしていた』とぼやいていますよ」

「そうですか。私は、明るくなってきて、いいことだと思いますよ」

「僕もそう思いますけどね。まあ、こだわりがあるんでしょう」

などという話をしつつ、途中からインテックス大阪を出て、コスモスクエア駅まで歩いていき、そこで路線が別々だったので、握手して別れた。

 

大阪南港から帰りのフェリーに乗り、ロビーで春日傘さんの小説を読んでいたところ「野田文七先生ですか?」と声をかけられた。

見上げると、その日うちのスペースに来て本を買ってくれた人だった。

おやおや奇遇だね、君も九州? あ、山口か、そっか小倉から近いもんね、などと言いつつ、その学生さんと雑談。

確かに小倉から船中泊で大阪に行くのは経済的に合理的なので、他にも紅楼夢参加者がいるかもしれないね、などと話していた。

 

そろそろ文字数も増えてきたのでここらで切り上げます。

今週の土曜は、今度は飛行機で東京です。

また、様々な出会いがあるといいなと思います。

| - | 20:47 | comments(2) | - |